子どものことでお困りの方へのカウンセリングをご希望の方へ

子どもの「悩み」は誰の「悩み」

 学校でカウンセリングをしていると、場の都合上その時お話をきける相手とスタートをすることになります。親御さんから、先生と一緒にきた(連れてこられた)ご本人の片方どちらから話を始めても、大概はそこに不在の誰かさんにご登場いただくことがほとんどです。何故か。それは、私が声をかけるからです。話が一しきりた頃合いを見計っていいます。「ところで、今のお話ご本人はどう思っていらっしゃるのでしょう。自分のことなのに、自分がいないところで話をされているのは、あまり良い気分がしないかもしれません。是非、ご本人にも来てもらいたいです。」(相談者が親御さんの場合)/「ところでさ、今お話しをきいたことが起きている時、お家の人はどうしてんの。私が思うに、お家の人は、あなたといる時間が一番長い大人。だから、うまいことあなたの味方になってくれたらと思うけど。そのために、ここへ来てもらって一緒に作戦会議がしたいのだけど、どうだろう。」(相談者がご本人の場合)とあまあ、こんな具合です。言葉じりはその都度、多少の違いはありますが、基本的な内容はかわりありません。(※但し、場合によっては、お互いが別々の方が双方にとって都合がいいこともあります。)そして、そんな形で双方のお話をきいてみると、お話の中身は切り口、視点の違いはあるものの、似たようなことに悩んでいることもしばしばです。ですから、お互いのものの見え方をつきあわせるだけで、だいぶ落ち着いたなんてこともよくあります。つまるところ、入り口は違えど、同じ事柄を親子で共有しているわけです。「いや、そんなはずはない。」「悩んでいるのは『うちの子(だけ)』。」と納得がいかないという方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。が、そこは先に生きたものの定。我が身を呈した見本となって頂くようお願いする次第です。